大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和37年(う)76号 判決

被告人 浦正武 外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人浦正武同野尻光成を各懲役六月に処する。

本裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は被告人浦正武同野尻光成の連帯負担とする。

理由

弁護人坂本泰良が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人、弁護人諫山博提出の各控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

一、右各控訴趣意中事実誤認又は法令適用の誤の論旨について。

しかし、原判決挙示の証拠によれば、原判決摘示の事実中被告人浦同野尻の各住居侵入の事実及び国鉄荒尾駅助役前原章に対する公務執行妨害の事実は優にこれを認めることができる。即ち、

(一)  (省略)

(二)  次に公務執行妨害の点について、論旨指摘の被告人等の暴行事実の有無並びに前原助役等の職務の適法性について按ずるに、被告人両名において、前原助役が閉塞器の操作をしようとするに際し、同人に対し実力を行使して妨害した事実はこれを認めるに十分である。すなわち、原審証人前原章、同山田昌一の各供述、前原章、山田昌一、西田泉の検察官に対する各供述調書によれば、日本国有鉄道労働組合熊本地方本部大牟田支部が昭和三一年七月一八日午前八時頃から国鉄荒尾駅職員休憩室において所謂職場大会を開催し被告人等がその指導監督に当つたこと、上り一一八六貨物列車が同日午前八時二〇分三〇秒に荒尾駅通過の予定となつていたこと、山田駅長が同月一七日前原助役に対し翌十八日職場大会が開かれて運転係も同会に参加する場合を慮つて予め運転係の職務を代行すべきことを命じ次で翌十八日を迎え運転係竹泉勝が職場大会出席のため運転室の職場から離脱したことを聞知するや再び運転係の職務を代行すべきことを命じたこと、前原助役は一八日当日は非番日であつたが山田駅長の右業務命令に従つて閉塞器の操作をしようとして急遽運転室に赴いて同操作をなさんとしたところ、被告人等は閉塞器の前に立ちはだかつて、その上半身や腰を用いて前原助役の身体を押しのけたり等して暴行を加えたため前原助役は遂に閉塞器の操作をなすことを得なかつた事実を認めることができる。尤も被告人等はいずれも検察、原審公判を通じ前原助役の職務代行が違法であるから説得したに止まり暴行をしたことはない旨弁解するも前掲証拠に対比して信を措き難いので、被告人等の右所為は刑法第九十五条第一項に規定する暴行に該当することを否定するに由ない。

よつて、前原助役の該職務の執行が前記法条に所謂公務の執行といえるか、換言すると、山田駅長の前原助役に対する業務命令が違法なりや否やに付て按ずるに、原判決挙示の証拠によつて認められる前原助役の始業及び終業の時刻が定められていて、時間外の就労に対し労働基準法(以下労基法と略称する)所定の超過貸金の支払がなされていたとこと、管理職手当の支給を受けていないこと、国鉄荒尾駅の規模、同駅職員の数、助役の職務内容並びに数等諸般の事情を考察すると、前原助役は公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称する)第四条に基き非組合員に指定されており、運輸従事員制及び職務規定により、助役の服務は駅長の服務に関する規定による旨、及び駅長を補佐し又は代理する旨定められているとはいえ、出退社について厳格な制限を受けない者に該当するとは解し得ないので、労基法第四一条第二号所定の「監督若しくは管理の職にある者」とは認められないから、労基法第三六条の協定が締結されていなければ、駅長といえども、前原助役に対して業務命令により時間外勤務に就かせることは、同法に違反するものというべきであり、国鉄当局と国鉄労働組合との間に当時右三六条協定が破棄された状態にあつたことが明らかな本件においては、山田駅長の前原助役に対する右業務命令は一見同法に違反するもののごとくでもある。

しかしながら、列車事故の防止又は公企業たる列車の正常な運営を確保する必要がある場合、たとえば、天災、交通事故の発生、その他正常な運転に支障を来たす異常な事態に直面する等、避けることのできない事由によつて、臨時の必要がある場合には、その必要な限度において、労基法所定の労働時間を延長し、又は休日に労働させ得ることは、公労法第一条、労基法第三三条の法意に照し、当然の事理といわねばならない。

これを本件についてみるに、原判決挙示の証拠に徴すると、被告人の所属する国鉄労組は当時争議中であつて、職場大会が管理者の承認なくして勤務時間中に開催され、運転係竹泉勝ほか二名の保安要員まで職場大会に出て、職場を離れ、正常な運転に支障を来たす事態が予測されたので、前に説示したように、山田駅長は前原助役に運転係の職務を代行すべきことを命じたのである。そして運転係竹泉が職場大会に出席の直後、上り一一八六号貨物列車の通過予定時刻が接近していたに拘らず、非組合員たる山田駅長、西田助役、前原助役を除く殆ど全職員が職場大会に出席したため、西田助役は東三三号ポイントの要員の補充として之に附随しており、同ポイントは運転室から三(四)〇〇米位離れた場所にあつて、同一人が運転係と転轍手の両者の操作をなすことは甚だ困難な事情にあつた上に、前記一一八六号列車は機外に停止して信号を待つており、同列車の通過が遅延することは他の列車に影響し、列車ダイヤは必然的に乱れてくる(現に同列車の荒尾駅通過が九分違延したため、上り一六四号貨物列車は一一分三〇秒延着し、下り一四五号旅客列車は九分延着したことが原審で取調べた証拠により明らかである)状況にあつたことが認められるので、まさに、列車の正常な運営に支障を来たす異常な事態に直面したものというべく、かかる緊急事態に対処して、前原助役をして閉塞器を操作するため、その職務に就かしめることは、前に説示した、避けることのできない事由によつて臨時の必要がある場合に該当するものと解するを相当とする。それ故前原助役が非番の者であつたとしても、同人に運転係の職務の代行を命じ、閉塞器の操作に当らしめるため、労働時間の制限を超えることは、その必要な限度を逸脱したものとは到底考えられず、且つ同助役は運転考査を経ていることも証拠上明白であるから、山田駅長の前原助役に対する叙上業務命令は毫も違法の点なく、従つて前原助役の右閉塞器操作の職務執行は適法性に欠くるところはない。そして被告人等は組合の闘争委員で、闘争戦術の一として遵法闘争(時間外労働の拒否)を唱えており、三六協定違反を主張していた位であるから、労基法第三三条の規定を熟知していた筈であり、仮りにこの点に錯誤があつたものとしても、法の不知と見るべく、前原の職務行為の適法性に消長を来たすものではない。(以下理由省略)

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 岡林次郎 中村荘十郎 臼杵勉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例